民主党政権がスティーブ・ジョブズから学ぶべきこと|岸博幸のクリエイティブ国富論|ダイヤモンド・オンライン
タイトルの時点でもうダメでしょ……。
しかし、ジョブズ氏の功績の中でもっとも評価し、そして見習うべきは、社会の進化の方向と問題点を予見し、それらをデザインと技術の力で実現・解決するという、改革者の姿勢ではないだろうか。
あのですね。
後者は、凡人でも、努力をすればどうにかできるんです。課題がはっきりしていれば、そこを改善、改良していくのは、技術の問題なので、熟練すれば程度の問題はあれ、大抵の人には出来ます。
でも、前者、「社会の進化の方向と問題点を予見」というのは、神業に近い。神業というのが言い過ぎであれば、多分に個人の資質に寄るところが大きい。
学習の結果、起こりえる問題点のケースリストを増やしていくことは出来ます。経験に寄らなくても、例えば歴史などを学ぶことで過去の事例から未来に起こりそうなこと、を推測することも学習することで、できます。
そして、それは、予見ではなくて、予測です。
けれど、スティーブ・ジョブズの予見というのはそういうモノではなくて(もちろん彼なりの学習があったのでしょうけれど)、「今までになく、まだそこにないもの」です。それを学習で得ることは難しい。彼はこの意味では間違いなく天才です。
予測の能力は学習して身につけられますが、予見の能力は学習で身につけることはできません。
「学んで」できることではないんですよ。そんなことを要求すること自体無意味です。
現代は、人間の学習効率、という意味ではおそらく過去にないほど高いはずです。また、前時代では学業を終えれば学習を終えてしまう人がかなり多かったと思いますが、現代では、意外と形は違えど、学習を継続している人は多いと思います。
今ほど、多くの人が「物を書いている」時代はない。物を書いていると言うことは、考えている、ということです。
そして、今ほど、多くの人が「他の人の書いている物を読んでいる」時代は無い。他の人の書いている物を読んでいる、ということは、考えている、ということです。
けれど、スティーブ・ジョブズのような人物が、雨後の竹の子のように世界中にぼこぼこ出現している、と言う話は聞こえて来ません。分かれば出来るわけじゃない証拠でしょう。
著者の要求しているのは、
「見習うべきは、100メートルを9秒58で走る走力である」
といっているのと一緒です。
たしかに出来れば大変に結構なことです。一部の人は研鑽で身につけられる極地かもしれません。
しかしほとんどの人にとっては、到達しようがない目標ラインです。
「スティーブ・ジョブズを見習う」というのはそういうことです。
たまたま、彼がビジネスパーソンだから、出来るんだろうと思ってしまうのでしょうが。
「ウサイン・ボルトの走力を見習う」とか「イチローの打撃を見習う」とか言ってるのと一緒です。
その努力の仕方とか、そういうのを見習うのはもちろん意味がありますが、結果を出す能力を見習え、というのは無意味ですよ。
ましてや自分がそうなるために見習う、というならともかく、他人に見習え、というのは……。
改革者の姿勢とかそういうことじゃない。未来を予見するというのはスタンスの問題じゃなくて、能力の問題だからです。
改革者としての姿勢は大変立派で、改革には大いに張り切り努力している。しかし、成果はガタガタ、っていう政治家を戴きたいですか?
さらに別の問題もあります。
スティーブ・ジョブズがなぜ、あれほど強力なリーダーシップの元に、Appleの事業を行えたのか、といえば、それは彼が民主主義的な価値観で選ばれたリーダーではないから、です。
彼は、自分に対する支持なんか気にしなかっただろうし(NeXTの時はマスコミの報道が結構堪えたそうで、自分に対する記事が書かれていた場合はそれは「自分ではないもう一人のスティーブ」の事を言っているのだ、と思うようにしていたそうですが)、
ジョブズ氏は、マーケティング調査の類いが大嫌いであり、よく“it’s not consumers’job to know what they want”と言っていたそうである。即ち、社会的問題の解決に当たって、ユーザの意見を聴かなかったのである。多くの人は過去と現在の延長でしか未来を考えないことを考えると、新たな価値観の創出の観点から非常に正しいアプローチではないだろうか。
記事にも書いてあるとおり、マーケティングもまったく重視しなかった。
そして、これまた記事に書いているように、「it’s not consumers’job to know what they want」ようするに、「ほとんどの人は、目の前に現れるまで、自分が欲しかったものは分からない」のですよ。
民主主義により選択されるリーダーというのは、当たり前ですが、民衆が選択します。
ということは、その選択の基準というのは「民衆が分かる」ものになる。それが政策なのか、カリスマ的なものなのかはともかくとして、「目の前にないもので自分たちが分からないもの」を民衆が支持してくれる事は、絶対に無い。人は自分に理解できないことに、好意を持つことはないからです。
カリスマ的なものは、ある程度は訓練は出来るでしょうが(例えばヒトラーはマスメディアを活用する民衆へのアプローチを徹底的に研究し、活用している)、基本的には個人の資質によるところが大きいので、それを「これからそれを頑張れ」というのは、不可能事をやれ、といっているに近い。
例えば、優れた未来予見能力を持つ、政治家を志す人が居たとします。
けれど、彼が予見する未来図は、おそらく多くの国民に納得させることはとても難しい。それは「目の前にないから」です。
データや根拠を示せば良い?
しかし、上述の通り、ジョブズはマーケティングはほとんど行いませんでした。ジョブズの予見は、データがあるから成り立つわけではないし、ジョブズの知見と直感に基づくのです。裏付けのないそれを多くの国民は理解する事が出来るんでしょうか?
おそらく、彼は、その未来予見能力だけでは、選挙を通れないでしょう。
同じように、現役の民主党政権がいきなり何かの拍子に劇的に成長して、ジョブズばりに未来予見を行ったとしても、おそらく、多くの国民は納得できないでしょう。
民主主義政治の元では、民衆の言うことを聴かない、という選択肢は、政治家には事実上ないんです。
経営者たるジョブズにはそれが出来たとしても、政治家にはできない。
少数の、影響力の強い株主に、「目の前にないもの」を理解させるのは困難ですが不可能ではありません。けれど、多数の国民に、「目の前にないもの」を理解させるのはおそらく不可能に近いでしょう。
著者は白紙委任したい、ということでしょうか。そのわりには、注文を付けているようですが。
それとも、独裁制に移行しろ、とか言っているわけですか?
私はどっちも御免ですね。
一面の良いところだけチョイスすれば、著者の言うことは分かります。けれど、できないことを要求するのは何の意味もないと思うんです。
実際、ジョブズだって順風満帆だったわけじゃない。
著者の言っているスタンスのせいで、彼はAppleから追い出された事があるし、IBMへのOS採用も逃してる。NeXTは事業としては結局当たらなかった。
寧ろ、このネタで「スティーブ・ジョブズから学ぶべきこと」を書くのなら、こういう題で書くべきなのでは?
「国民がスティーブ・ジョブズの良いところから学ぶべきこと」
民主党政権は過去2年に行なってきたことは、ジョブズ氏の正反対である。社会の進化の方向性を予見するようなことはしていない。官僚の説明に従って過去と現在の日本を延長しようとしているだけである。また、支持母体の意向ばかりを気にしているし、既得権益を説得して新しい方向に引っ張るどころか、既得権益と対峙することを徹底的に避け、バラマキ政策でご機嫌を取りながら増税という一番楽な道に逃げている。
衆院選の時にすでにこうなるであろう、という予測は多くの人から出ていました。
けれど、にもかかわらず、民主党政権を選択したのは国民ですよ。
支持母体だって国民だし、既得権益を握っているのも国民ですよ。
(ああ、まあ一部はそうでないという指摘もありますが、それは置いておいて)
選ばれる政治家に学ばせるよりも、選ぶ国民が学ぶ方が、順序的には先でしょう、どう考えても。
ところで、私は民主党政権は好きではないんですけれど、そもそもこんな高度な事を要求する段階ではないと思うんですよね。
民主党政権がとるべき基本スタンスというのはもっと簡単なことだと思うんです。
・問題の専門家の意見をきちんと広く聴く場を設定する。
・議題をきちんと国会で議論する。
・政府の見解を統一する。
・出来る事と出来ない事の区別を付け、出来る根拠を説明する。
・過去の自分の発言には責任を持ち、姿勢を変える場合はその変更根拠を説明する。
・近い見通しを分かる範囲でキチンと説明する。
これは、政治的なビジョンがどうとか、そういうこととは無関係な事なので、議会制民主主義の政党である限りは、出来るはずの事です。出来てないですけど。
そろそろ、奇跡的な技量を持つ、十全の能力をもつ政治家が颯爽と現れて、全てを解決してくれる!
という幻想は捨てるべきだと思うんですけれど。
こういう記事を読むたびに、「いや、けなしているようで、実は政治家が万能だっていう幻想もってないですか?」と思うんですよ。
「ろくでもない選択肢の中から、少しでもマシな選択ができるように、自分なりに予測を立てて、未来を他よりは少しはましにしてくれそうな政治家や政党を選べ」
って言った方がよほど有意義だと思うのですが、どうでしょう。
ジョブズの神業のような予見は凡人には無理でも、自分や家族の未来図を考えることは出来るはずですし、出来るように政治家は政策を説明して欲しいのです。
私は政治家に、ジョブズのような天才を求めない代わりに、せめて選択の基準に不足のない、自分のビジョンや政策をきちんと説明することは求めます。
不肖の身なので、理解が出来ないことも多いでしょう。
けれど、せめて愚かなりに自分の頭で考えて選択したいのです。