2011.02.16
迷い猫オーバーラン!2:読んだ本
亀の歩みで2巻読了。
前巻よりは個人的には面白かったかも。明らかにキャラ補正のせいっぽいですが(笑)
しかし、梅ノ森とか竹馬園とかスゴイ名字だなぁ……アミューズメントパークのようです……。
2011.02.16
亀の歩みで2巻読了。
前巻よりは個人的には面白かったかも。明らかにキャラ補正のせいっぽいですが(笑)
しかし、梅ノ森とか竹馬園とかスゴイ名字だなぁ……アミューズメントパークのようです……。
2011.02.15
週刊江戸の五十七号。
表紙は「名所江戸百景」(歌川広重)より『王子音無川堰?世俗大瀧ト唱』。
メインテーマは上杉鷹山の米沢藩を初めとした、財政的に危機的に陥っていた各藩の藩政改革。
漸く既刊に追いつきました。
江戸時代って、経済的にはすごい不効率な社会だったんだな、とつくづく思います。
江戸自体、荒れ野を開拓した都市なわけで、その都市が発達したのも、参勤交代などで江戸詰になった大名達が諸経費を使ったせいもあるんだろうなぁ……でもよくよく考えると、現代でも東京に集中しがちで地方から人材が結果的に引き抜いてしまっている構図になってますが。
基本的には上杉鷹山を初めとする、各藩の藩政改革は、大きく分けて以下のようなものになるようです。
・緊縮財政をしく。
・殖産興業などを強化する。
・学問の奨励。
特筆すべきなのは、やはり、危機的財政下でも、人材の育成を捨てなかった、と言うよりもむしろ促進したという決断を下した藩主が多かった、ということだろうな、と思います。
こうした積み上げたあったからこそ、日本は明治維新から近代化の流れに迎えたんでしょうね。
それを思うと、今の日本、というか、50年後の日本がちょっと怖い。
目次
○読み解き江戸時代 1767年
財政危機に瀕した各藩の起死回生策とは?
幕府が財政難に苦しんでいたその時、全国各地の諸藩もまた、財政難に苦しんでいた。諸藩の藩主たちは、改革を掲げ立ち上がった。【ドキュメント・ファイル】
米沢藩はどのように藩政改革を成功させたか?【プラン&システム考察】
「藩」という組織の仕組み【人物・群像フォーカス】
米沢藩を再建させた名君、上杉鷹山○街道を行く
[甲州道中(3)]高井戸宿~府中宿
[中山道(3)]浦和宿○三都&町物語
【江戸】 庶民が富札に夢を託した、谷中天王寺
【駿河】 富士山を望む家康ゆかりの城下町、駿府○日本全国「藩」事情
国宝・松本城を中心に栄えた信州の要衝「松本藩」
もっと知りたい松本藩○暮らし大全
【文】 印刷技術と読書ブーム
庶民にまで広がった娯楽、読書の背景とは?【遊】 華やかな歌舞伎舞踊の世界
さまざまな表現や趣向が追求された歌舞伎舞踊の世界を紹介。【衣】 女のお洒落の第一条件、櫛
女っぷりを上げる櫛のいろいろ。○偉人・奇人列伝
良寛
子供たちとかくれんぼや手鞠で遊ぶ孤高の歌人○『名所江戸百景』 今昔
王子音無川堰埭世俗大瀧ト唱
週刊江戸の五十六号。
表紙は「名所江戸百景」(歌川広重)より『千住の大はし』。
メインテーマは伝馬騒動。
年貢の増加や、普請負担、助郷制度(宿場の機能を維持するために人や馬などを周辺の村からだす制度)の拡大、朝鮮通信使応対費の為の臨時税(しかし、これは何度見てもすごい名目の税だ……)などに伴う負担増加の不満を抱いた農民が、総勢20万で中山道を南下し、江戸に迫ったという事件です。
百姓達が、本庄から始まり、桶川まで南下していくと、そこには代々関東郡代として関東の民政に当たってきた伊奈家の家臣がまっています。
百姓達の訴えを全面的に認め、助郷制度等の撤回を幕府にさせることを約束。百姓も「伊奈様の言うことなら」と漸く江戸に迫るのをやめて解散……という終息をたどるのですが、伊奈家が出てきた途端に、ころっと解散する百姓が可愛げがあるというかなんというか。まあ、実際はそんな愛らしい光景じゃないと思いますが。
しかし、いつの時代でも、民衆が多数集結する、というのはやっぱり大きな力を持つものですね。
目次
○読み解き江戸時代 1764年
伝馬騒動に震え上がった江戸幕府
20万人もの農民が蜂起した「伝馬騒動」は、幕府の威信低下を示す象徴的な事件だった。【ドキュメント・ファイル】
決起した農民たち! 「伝馬騒動」の顛末【視点を変えて】
農民たちの最終手段“一揆”という力技【人物・群像フォーカス】
一揆収束を図った男と農民を率いた男○街道を行く
[甲州道中(2)]内藤新宿~高井戸宿
[中山道(2)]蕨宿○三都&町物語
【江戸】 金毘羅宮への参詣者が行き交う、虎ノ門
【仙台】 松尾芭蕉も目指した日本三景、松島○日本全国「藩」事情
九州の入り口となる要衝として繁栄「小倉藩」
もっと知りたい小倉藩○暮らし大全
【伝】 『名所図会』でバーチャル観光
ガイドブック『名所図会』で名所見物をしてみよう。【食】 江戸の胃袋と経済を支えた塩
新たな製塩法が江戸時代に登場した。【文】 笑って楽しんだ、春画
浮世絵のテクニックが駆使された春画の楽しみ方。○偉人・奇人列伝
加保茶元成
吉原の有名妓楼の主人にして名だたる文化人○『名所江戸百景』 今昔
千住の大はし
2011.02.14
週刊江戸の五十五号。
表紙は「名所江戸百景」(歌川広重)より『八景坂鎧掛松』。
メインテーマは田沼意次による財政改革。
政策としては、重農主義(農業生産を政策の主眼とする)から、重商主義(交易などによる経済活動を国策の主眼とする)にシフトしようとした、というものですが、田沼意次の失脚と共に、この政策転換は失敗します。
その一方で、蝦夷地を開拓しようとしていたり(失脚と共に立ち消えになる)など、もし失脚せずに田沼意次の構想で改革が進められていたら、どうなったんだろうなぁ、と思ったりもしたり。
そして、田沼意次といえば、所謂「贈賄をほしいままにした悪い政治家だ」という話がついて回りますが、「清廉潔白だけれど無能な政治家」と「真っ黒だけど有能な政治家」の、果たしてどちらがいいのか、という事でもありますね。
私は無能な政治家は、ただその一点だけで、政治家たる資格がない、と考えるのですが。
全然関係無いですけれども、
賄賂 – Wikipedia
Wikipediaの賄賂のページの画像にちょっと笑った(笑
目次
○読み解き江戸時代 1760年
意次による、新発想の財政再建策とは?
九代将軍・家重に取り立てられた田沼意次は、幕府の財政を立て直すべく、革新的な経済改革を打ち出していく。【プラン&システム考察】
夢に終わった、意次の2大プロジェクト【視点を変えて】
意次が生んだ“金力主義”の光と影【人物・群像フォーカス】
幕政を意次に任せた、十代将軍・家治○街道を行く
[甲州道中(1)]日本橋~内藤新宿
[中山道(1)]板橋宿○三都&町物語
【江戸】 南瓜と葱の名産地、砂村
【大和】 世界最大の木造建築、東大寺○日本全国「藩」事情
塩づくりが支えた赤穂浪士のふるさと「赤穂藩」
もっと知りたい赤穂藩○暮らし大全
【伝】 江戸の町を騒がせた未確認動物
かわら版をにぎわせた謎の生物、その正体とは?【文】 節分で新年を迎える
現代へと受け継がれる鬼祓いの儀式。【衣】 粋と渋みが生んだ、江戸の流行色
江戸っ子たちはさまざまな色でお洒落を楽しんだ。○偉人・奇人列伝
菅江真澄
50年近くみちのくをさすらい歩き200冊もの紀行や挿絵を残した○『名所江戸百景』 今昔
八景坂鎧掛松
面白い本でした。
米国海軍元少将だった著者による総合的戦略論の下地の提示。
本文が意外と短くて(半分くらい。残りの半分は参考記事と著者の紹介、解題)びっくりしましたが、充実した内容です。
個人的に重要に感じた点は以下の4点。
1.従来の戦略、と言うものには、「順次戦略」と「累積戦略」という2つの戦略パターンがある
「順次戦略」とは、クラウゼウィッツがいう、「目的はパリ制圧、当面の目標はフランス軍撃破」、敵を屈服せしめるためにはまず敵の軍事力を打破しなければならない等とする、最終目標に向けて、段階的に達成していく戦略。
「累積戦略」とは、著者自身が例としてあげているが、第二次世界大戦の潜水艦による海洋航路遮断作戦や、戦略爆撃などを手段とする、敵の工業力などに打撃を与えるような戦略。
このうち、順次戦略は、効果を事前に測定しやすく未来予測が立てやすい(正しいかどうかは別として)が、累積戦略は、効果の測定が難しく未来予測が立てにくいとしている。
そしておそらく、近代の国民国家軍において、前者だけの戦略での戦争遂行というのはあり得ず(戦争の規模が大きすぎる)、必ず後者の戦略も活用しなければならなくなる。
結果、戦争の結果は、予測不可能になる。従って、2項の状況を制御出来るようにする、という点が重要になる。
2.戦争の目的とは、敵をコントロールすることにある
これは、クラウゼウィッツの言う、「戦争の目的は、我が方の意思を敵に強要せしめる為」というものと本質的には同じ事だが、おそらくは、著者のこの提示のほうが理解はしやすい。
極端に言えば、クラウゼウィッツの戦争目的の場合、どうしても敵戦力の打破が必要になるが、著者の戦争目的の場合は必ずしも敵の戦力を打破する必要がない。
敵の行動が予測の範囲内に収まり、かつ、必要な時に敵の行動を我が方の望む通りに出来るのであれば、ある意味では目的を達成している。
3.戦争が発生する可能性は0にならない
従って、常に戦争が起きる事を前提にして、戦略的オプションを備えている必要がある。
そして、自らが進んで開戦することが想定できない国家においては、戦争が起きるとは、常に敵に先制され敵の意図を押しつけられて始まるという事を意味する。
(敵が戦端を自ら開くというのは、短期的にか長期的にかは分からないが、少なくとも敵にとって「今戦端を開けば有利だ(あるいは勝てる)」と判断しているからに他ならない)
よって、これらの国家では、戦争とは基本的に劣位の状況から始まる事を前提とする必要がある。
4.最終的に戦場の勝者を決定するのは、戦場で銃を持ってたっている兵士による
ようは、陸軍による制圧、あるいは制圧の可能性によって最終的な戦場の勝者が確定する、という意味。
目次
まえがき
1 戦略思想家と戦略
▲“戦略は科学にはなり得ない”
2 戦略研究のための分析法
▲“戦略には道徳的な価値判断は適用されない”
3 累積戦略と順次戦略
▲戦略を2つのパターンで具体的に分析
4 戦略理論の肯定
▲戦略の理論的分析は現役の軍人だけの仕事ではない
5 今までの戦略理論
①海洋理論②航空理論③陸上理論④毛沢東の理論
▲4つの戦略理論を詳しく解説
6 今までの戦略理論の限界
▲リデルハートの「間接アプローチ」を高く評価
7 総合理論の根底にある想定
▲いつでも、どこでも適用できる戦略の総合理論とは
8 総合理論の発展
▲「戦争のパターン」と「重心の操作」の重要性を史実で説明
9 理論を応用するための教訓
▲実際に当てはめる時の3つの教訓とは
10 結 論
▲狭い分野に限定しての議論は危険である
あとがき:二十年後
▲初版刊行後20年の完全版で付け加えられた
【参考記事A】「太平洋戦線を振り返って」からの抜粋
【参考記事B】海洋戦略について
【参考記事C】なぜ水兵は水兵のように考えるのか
▲この3編も完全版で付け加えられた
イントロダクション(ジョン・ハッテンドーフ)
▲1989年の完全版で付け加えられた紹介文訳者解説・あとがき(奥山真司)
索 引
週刊江戸の五十四号。
表紙は「名所江戸百景」(歌川広重)より『隅田川水神の森真崎』。
メインテーマは宝暦事件。
江戸時代に、尊王論を唱えた人物が弾圧された最初の事件です。
事件は九代将軍家重の時代に起きたのですが、これが延々100年ほど引っ張られ、明治維新に流れる、と考えると歴史の妙を感じます。
目次
○読み解き江戸時代 1758年
幕府を驚かせた尊王思想事件
幕府によって統制されてきた天皇と朝廷。しかし、朝廷内に「尊王思想」に傾倒する若い公家たちが現れ、幕府への不満をあらわにしていく。【プラン&システム考察】
天皇と公家の〝籠のなかの鳥〟暮らし【視点を変えて】
若き天皇・公家を惹きつけた「垂加神道」とは?【人物・群像フォーカス】
朝幕関係を揺るがした2人の思想家○街道を行く
[人気観光スポット(6)]下諏訪温泉
[東海道・終着点]三条大橋○三都&町物語
【江戸】 勝海舟が学び暮らした、赤坂
【近江】 畿内と東国を結ぶ要地、彦根○日本全国「藩」事情
日本の西端・五島列島の捕鯨と海防の地「福江藩」
もっと知りたい福江藩○暮らし大全
【技】 江戸の名物・名品
ガイドブックや浮世絵で見る、江戸の名物あれこれ。【遊】 金魚に夢中
庶民に身近なペットといえば金魚だった。【文】 心の病は憑き物のせい!?
平穏な暮らしに潜む、江戸時代の「心の病」とは?○偉人・奇人列伝
橘南谿
あのツチノコも登場するユニークな旅行記『西遊記』『東遊記』を記した医師○『名所江戸百景』 今昔
隅田川水神の森真崎
備忘。
参考になった、というか面白かった記事は、「なぜあなたの昇進は見送られたのか 昇進の「不文律」を読み解け」あたり。
組織の中での出世というのは、非常に泥臭いものなんだなぁ、という感じ方だったのですが。
しかし、この「自分の出世を妨げる要因を、自ら見つけ出せ」というアプローチは正しいんだろうか。この記事で想定している「出世先」は、CEOやらなにやらのかなり上級の役職で、当然その席に座る可能性のある人は暇なわけはないはずで。
じゃあ、レールを敷けば良いじゃないか、というものも、それはそれで違う気がする。CEOになったら「自分に何が必要か」なんて事は、基本的に誰も教えてくれない。
個人的なアプローチと、組織的なアプローチの確定しない境界線みたいなのを感じた。
目次
特集 プロフェッショナル「仕事と人生」論
「人生のジレンマ」を克服するために
プロフェッショナル人生論クレイトン M. クリステンセン ハーバード・ビジネス・スクール 教授
各界のプロフェッショナル10人が語る仕事の流儀
1.権限委譲によってこそ、優秀な人材が生きる 合衆国 第66代国務長官 コンドリーザ・ライス
2.改善し続けることは、困難で知的な作業 ダイソン 創設者 ジェームズ・ダイソン
3.人の心を動かすのは知力ではない 動物行動学者 ジェーン・グドール
4.周囲の期待がチームを高める ニューヨーク・ヤンキース 監督 ジョー・ジラルディ
5.起業家のパートナーシップは尊重と信頼がカギ オーナー・シェフ マリオ・バターリ
6.現場を体験することでつながりが見える 彫刻家 リチャード・セラ
7.科学的な理解に物語は欠かせない 神経科医 オリバー・サックス
8.靴はエンタテインメント 靴デザイナー マノロ・ブラニク
9.自分を特定のカテゴリーに押し込めない シンガー・ソングライター アニー・レノックス
10.心から真実を追い求める仕事 ジャーナリスト ベン・ブラッドリー「やらされ感」のある仕事をやりがいある仕事に変えるジョブ・クラフティング法
エイミー・レズネスキー エール・スクール・オブ・マネジメント 准教授
ジャスティン M. バーグ ペンシルバニア大学 ウォートン・スクール 博士課程
ジェーン E. ダットン ミシガン大学 スティーブン M. ロス・スクール・オブ・ビジネス 名誉教授さまざまなスキルや経験を蓄積する流動性がキャリア戦略のカギ
ヘイグ R. ナルバンシャン マーサー プリンシパル
リチャード A. グッゾ マーサー プリンシパルなぜあなたの昇進は見送られたのか 昇進の「不文律」を読み解け
ジョン・ビーソン ビーソン・コンサルティング 社長
グローバル・マネジャー5000人以上への調査が明かす世界で通用する人材の条件
マンスール・ジャビダン サンダーバード国際経営大学院 名誉教授
メアリー・ティーガーデン サンダーバード国際経営大学院 教授
デイビッド・ボーエン サンダーバード国際経営大学院 教授キャリアを台無しにしないために 転職で失敗する理由
ボリス・グロイスバーグ ハーバード・ビジネス・スクール 准教授
ロビン・エイブラハムズ ハーバード・ビジネス・スクール 研究員ジェンダー調査機関「カタリスト」がデータに基づいて指摘 メンタリングでは女性リーダーは生まれない
ハーミニア・イバーラ INSEAD 教授
ナンシー M. カーター カタリスト リサーチ担当バイス・プレジデント
クリスティン・シルバ カタリスト リサーチ担当ディレクター知識体系ではなく「協働」(コラボレーション)を教えよ マネジメント教育の真の役割
リチャード・バーカー ケンブリッジ大学 ジャッジ・ビジネス・スクール 教授
アメリカで最も物議を醸した経営者を再考する
ロバート・マクナマラ:科学的経営の功罪IMD 教授 フィル・ローゼンツバイク
「公と私」と企業の倫理
猪木武徳 国際日本文化研究センター 所長
コスト削減だけではなく、グローバル対応、新価値創造にも貢献
ハリクリシュナ・バート エイチシーエル・ジャパン 代表取締役社長
週刊江戸の五十三号。
表紙は「名所江戸百景」(歌川広重)より『愛宕下藪小路』。
メインテーマは平賀源内が手がけた日本初の物産展。
物産展自体の学問的価値はあると思うのですが、それ以上に平賀源内のとった物産展を行なうためのシステムがすばらしい。
1.引札(現代風に言えばビラ)を配布し広報する。
本草学者や薬種問屋だけでなく、句会などにも引札を配って全国規模で物産展が開催される事を広報した。
2.出品システムを全国に整備
江戸、京、大坂に産物請取所、全国25カ所に諸国産物取次所を設けた。
出品を希望する人は、どこか最寄りの取次所にもっていけばよいようにした。
3.取次所で受けた出品物を江戸に飛脚で回送する
取次所の出品物を、主催者負担で江戸に回送した。
これを実現できたのは、飛脚問屋の協力を得ていたからだった。
4.物産展の会場の案内をコストダウン
植木屋2人と薬種商2人に物産展当日の来場者の案内手伝いをさせた。
代わりに、この4人には来場者と商談してよいという権利が与えられた。
異様な行動力・企画力ですね……。
目次
○読み解き江戸時代 1757年
日本初の“物産展”はなぜ開かれたのか?
江戸の湯島で開催された「東都薬品会」。初の物産展が開かれた裏にはさまざまな思惑があった。【俯瞰&大解剖】
全国から集まった薬種の原材=物産【ドキュメント・ファイル】
ネットワークが生んだ物産展【人物・群像フォーカス】
日本のダ・ヴィンチ、平賀源内○街道を行く
四国八十八カ所お遍路の旅
[東海道(53)]大津宿○三都&町物語
【江戸】 初午の日には大にぎわい、王子稲荷
【下総】 市川團十郎があつく信仰した、成田山○日本全国「藩」事情
民衆主導の経済と文化を築いた「沼田藩」
もっと知りたい沼田藩○暮らし大全
【食】 あったか鍋料理で食い倒れ
江戸時代から続くアツアツの鍋の数々。【技】 江戸の珍商売
工夫と知恵をこらした、不思議な商売とは?【衣】 女性を魅せる、簪
簪は女を変身させる小道具だった。○偉人・奇人列伝
増山雪斎
花鳥画家として数々の書画を残した風流才子のお殿様○『名所江戸百景』 今昔
愛宕下藪小路
備忘。
簡潔で良かったな、と思ったのは以下の所。
○リーダーが陥る「4つの行動の罠」
1.目標設定が曖昧である
重要な方向転換や新たな目標を提案する際、達成に向けた具体策をきちんと説明しなかったり、責任者を指名しなかったりする。
2.部下に目標達成の責任を課さない
部下が自部門以外の業務に目を向けず、全社的業績への貢献を上司にゆだねるのを許してしまう。
3.専門職やコンサルタントの助言を聞く
専門職やコンサルタントが結果への責任を負わないことを容認している。
4.部下の自発的行動を気長に待つ
経営者が調整役を果たせば組織が発展するというものではない。むしろ障害になる。経営者は、リスクが少なく効果が早く出るような、小規模の戦略的試みを実施することで、これらを克服できる。
○目標設定に伴うリーダーの「7つの大罪」
1.あまりに多くの目標を設定する。
2.いつ、どのように目標を達成するかという計画を要求しない。
3.部下がすでに手一杯であることを恐れて大胆な改善を強く求めない。
4.重要な目標について、それぞれに明確な単独責任者を定めない。
5.期待目標を伝えた後に、言外で「もしできれば」とほのめかす。
6.逆に任務を引き受けてしまう。
7.定義できない、あるいは測定できないような目標を定める。
なかなか除外仕切るのは難しい。
目次
Feature Articles
「本物のリーダー」
養成講座スターバックス:誤りを認めるのが、本物のリーダー
スターバックス CEO
ハワード・シュルツグーグル:上場しても「らしさ」を失わない
グーグル 会長兼CEO
エリック・シュミットゼロックス:正しい後継者の育て方
元 ゼロックス 会長兼CEO
アン・マルケイヒーHCL:従業員第一主義の経営
HCLテクノロジーズ 社長兼CEO
ビニート・ナイア自分のアイデアを支持させる技術
ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授
ジョン P. コッター非常時のリーダーシップ
元 アメリカ沿岸警備隊 司令官
タッド・アレン部下を守る「盾」となれるか
スタンフォード大学 教授
ロバート I. サットンリーダーが陥る「行動の罠」
シェーファー・コンサルティング 創立者
ロバート H.シェーファー軍隊に学ぶリーダーシップ講座
ペンシルバニア大学 ウォートン・スクール 教授
マイケル・ユシームHBR Articles
世界は集権化されている
タフツ大学 フレッチャー・スクール 教授
アマル・ビデ危急存亡時の交渉術
アメリカ陸軍士官学校 非常勤教授
ジェフ・ワイス環境活動家と渡り合う法
ティンバーランド 社長兼CEO
ジェフ・シュワーツ環境技術版「ムーアの法則」を生み出せ
クライメート・ウェッジ プリンシパル
アレックス・ラウ
シンディカタム・カーボン・キャピタル シニア・バイス・プレジデント
ロバート・トーカー
在ヒューストン英国総領事館 副領事
ジョアン・ハワードOPINION
「エートス」の無自覚が社会の無規範を生む
首都大学東京 教授
宮台真司
週刊江戸の五十二号。
表紙は「名所江戸百景」(歌川広重)より『山下町日比谷外さくら田』。
メインテーマは薩摩藩による木曽三川での宝暦治水工事。
水郷のように三川が入り組む濃尾平野で起きていた水害に対応するため、幕府は治水工事を決意します。
その治水工事を行なう先として白羽の矢が立てられたのが、薩摩藩。幕府は薩摩藩に、御手伝普請という、工事の全額を命じられた藩が負担する方式で行なうように命じます。
そして、当初の幕府見積もりでは、約8万両(120億円)だった工事費も、最終的には約40万両(600億円)に膨らみ、この財政赤字は維新まで薩摩藩にのしかかり、薩摩藩の財政が黒字に転じることはありませんでした。
この工事は後からみるとですが、教訓のようなものを感じます。
第一に、大規模な事業を素人に行なわせるのはまずい、ということ。
薩摩藩は工事の人足に領民を当てた場合の負担を避け、人足は藩士を使っていました。そして地元の人を使う事は幕府の通達で禁じられていたので、土木作業に慣れない武士が行なっていたことになります。
第二に、過酷な労働を強いるのならそれなりの体勢を取るべきだ、ということ。
工事に参加した947名の薩摩藩藩士のうち、32名が病死、52名が切腹、という10%近い人的損害を出しています。
病死は、重労働なのに、「ありあわせの品で一汁一菜」という食事だったこと(これは幕府がそういう通達を出したらしい)、そうした疲労や体力の低下している所におり悪く赤痢が蔓延したため。
切腹は、工事を監督した幕府側の役人の態度が余りに横柄でかつ理不尽で、抗議の意味を込めて切腹をした藩士が相次いだこと。最終的に工事をやり遂げた後、薩摩藩側の指揮をとった家老・平田靱負も自刃して果てます。自殺者が、病死者よりも多かった、というのがいかに過酷な工事現場だったのかを如実に物語っているような気がします。
第三に、事業の優先順位を誤るのは拙い、ということ。
幕府が薩摩藩に工事を命じた理由の一つは、大藩だった薩摩藩に財政的な負担を与えてその威を削ぐ、と言うところにありました。
この面では、幕府は成功し、薩摩藩の財政が黒字に転じることは亡くなりました。
しかし、本来的な水害対策、という意味では、木曽川の遮断工事が1年で決壊するなど、不十分なものに終わりました。
江戸時代の話ではありますけど、現代でも平気でこういうことやってますよね……うーむ。
目次
○読み解き江戸時代 1754年
薩摩藩に工事を押しつけた幕府の思惑
洪水被害が頻発していた木曾三川の治水工事を、幕府は薩摩藩に命ずる。そこに見え隠れする幕府の思惑とは?【プラン&システム考察】
三川を分けろ! 1年3カ月に及ぶ治水工事【視点を変えて】
難題に立ち向かった薩摩藩の悪戦苦闘【人物・群像フォーカス】
治水工事に命を賭した、平田靱負○街道を行く
馬と旅
[東海道(52)]草津宿○三都&町物語
【江戸】 大奥の女たちが通った、平川門
【松江】 八百万の神々が集まる、出雲大社○日本全国「藩」事情
「小江戸」と称された軍事上の要所「川越藩」
もっと知りたい川越藩○暮らし大全
【技】 海からの贈り物、鯨漁
鯨は庶民の食卓から経済、文化、信仰にまで影響を与えた。【住】 「牢屋敷」、ここは地獄の1丁目
犯罪者が震え上がる、江戸の牢屋敷の実態とは?【遊】 コレクター続出! 粋な流行「千社札」
信仰のための札は、もとは庶民から発祥した流行だった。○偉人・奇人列伝
笠森お仙
人気絶頂の時に突然行方をくらました茶店の看板娘○『名所江戸百景』 今昔
山下町日比谷外さくら田